手紙

12月18日の手紙

おはようございます。
今、12月18日金曜日の朝8時10分です。

■ 日中の気温が10度を下回っています

だいぶ寒くなってきましたね。宮崎も朝晩がつらい季節なのではないでしょうか?
東京は日中の気温が10度を下回る日が続いています。昨日久しぶりに外出しましたが、想像以上に空気が冷たくて、冷気が上着を通して肌を刺してくるようでした。

冷え性の僕にとっては、ちょっと大げさなくらいの防寒対策をした方が良いみたいです。

■ 新型コロナウィルスの猛威が止まりません

新型コロナウィルスの猛威が止まりませんね。東京では昨日1日の感染者数が800人を超えました。

いったいどうなっているのでしょうか?

PCR検査が簡単に受けられるようになって、感染者数が増えていますので、PCR検査数が増えたからだけ、ということも考えられます。

つまり、今までも本当は800人いたのに、検査ができなかったからわからなかったということです。

そうだとすると、無症状のまま完治している人がやまほどいるということで、風邪と同じ感覚です。それであれば、薬さえできれば高齢者も怖くないのでしょうが。

薬がないので高齢者にとっては恐怖以外の何物でもないですよね。若い人と接触するのは当分の間控えた方が良いと思います。

そう言いながら、自分はどちらの層に入るのかとふと考えてしまいます。

今のところ、家族は感染していません。手洗いうがいの実施はもちろん、外食も控えている状態です。

とにかく気を緩めないように家族で話をしています。

妻の会社では平気で会食に行ったり、出張に行ったりしている人もいるようで、「何を考えているのだろう」と妻はいつもブーブー言ってます。

まだ、当分は用心しながら生活する必要がありそうです。

■ 長女のテストが終わりました

長女は月曜日から期末テストだったのですが、昨日木曜日が最終日で2週間にわたる勉強騒ぎも終わりました。

勉強嫌いの長女が率先して2週間テスト勉強に打ち込んでいました。

土日はそれぞれ9時間くらい勉強していたようです。中学の時は勉強は全くといっていいほどしなかった長女、最近は見違えるようです。

■ 入学当初とは見違えるように変わった長女

長女は演劇部の部長をしていたのですが、演劇部で頑張れたことが今の長女を作ったようです。

高校に入学したばかりのころは数ヵ月、学校に行きたくないと登校拒否をしていた頃を思うと、見違えるようですね。

登校拒否をしていた頃は、学校の先生と相談して、とにかく留年しないように受けなければいけない教科だけを受けるように長女を説得して、1日1時間だけとか登校してもらっていました。いつか学校に行く日のことを夢見てです。

「学校辞めようと思っているのに、なんで受けなきゃいけないの?」

その頃娘が言っていたことです。

「もしかしたらいつか行きたいと思うかもしれないし、その時に留年してたらいやでしょ」

見えないくらいに細くなった可能性の糸をつなぐために、やっと絞り出した理由でした。

将来何をしたいのか、そのために何をすればいいのか、それが明確になれば退学をして、他の道を選ぶことも選択肢として与えてあげよう。

学校に行きたくないとうったえる娘を見ていると、無理に学校に行かせるのがかわいそうで、そのころ僕が密かに思っていたことです。

ただ、今の学校に楽しく行けるようになるのであれば、それに越したことはありません。

その願いが通じたのか、少しずつ登校する時間が増え、そのうち演劇部に入ったことで、登校しなければならない理由ができたのでした。

演劇部の先生は事情を知っているからか、かなり長女にかまってくれたようです。

2年生になると部長に推薦してもらい、大役を授かりました。その頃には演劇が楽しくて、普通に学校に行くようになっていました。学校に行くと友達と接するのが楽しくなったみたいで、ほぼ不登校の心配がない状態になりました。

登校拒否初期の頃は、家を出たものの担任の先生から「学校に来ていません」と連絡があり、「どうか自殺だけはしていませんように」と神様にお祈りをしながら、宙に浮いたような感覚で学校までの経路を探しに行ったこともありました。

ああいう思いは2度としたくないですね。

ちょっと朝から話が湿っぽくなりましたね。長くなりました。

今から仕事しますね。では、また会いましょう!

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